サンクスギビングで旅したデンバーのことについて触れたいですが、それよりも大事なのが、12月2日(日本時間)から開催される、男子大学バスケのインカレ。
僕の母校である鹿屋体大は、毎年インカレの常連校ながら初戦で必ず敗退していました。
僕が1年の頃は、インカレに出場することが出来ませんでしたが、2~4年の頃は出場しました。
そんな中、08年度にアメリカでコーチング学を学んだ新しいコーチが就任したことで、周囲の度肝を抜く新たなスタートラインという記録を打ち立てました。
コーチを支えるスタッフも有望で、マック社の数百万円もする『スポーツコード』というゲーム分析ソフトを取り入れ、選手全員にアイポッドが大学から貸出され、超格好良いモチベーションビデオも開発され、日本の大学生でも常にバスケットボールに集中が出来るといった最高な環境を与える事が出来ました。
その結果、春から冬にかけては目覚ましい活躍。
本当に、選手一人一人が変わった瞬間だと感じました。
創部史上初となる西日本ではベスト4に入り、秋のリーグでは8年振りの優勝。
そして、九州No.1を決める九州総合では9年振りの優勝。
まさに、昔のただの体育大学というイメージを跳ね返した瞬間でもありました。
そして、去年の丁度今頃に行われた、大学総決算のインカレ。
バスケの聖地、代々木で行われた試合は、自分達のバスケスタイルをコート上で表現することが出来ました。
初戦の大東文化大学とは3年連続という運命的な対戦相手。
毎年、地方大学は関東の大学の足にも及ばないと言われてきましたが、試合開始から鹿屋のバスケを展開。
鹿屋のプリンストンオフェンスまたは、Coach Shoの目指しているプリンストンオフェンスを展開することが出来て、相手の裏を何度も突くバックドアの効果が大いに現れました。
コート上でプレイするプレイヤー、それをサポートする応援席。
全てが噛み合った瞬間というか、会場全体でも一体感があった記憶が漂います。
2回戦の専修大学との試合では、後半相手のゾーンディフェンスに対応が出来なくなり負けてしまいました。
大会結果としては、ベスト32で終わりましたが、全国に鹿屋の名を知らした良いスタートラインとなりました。
あー、今でも覚えてるなー。専修大学に負けた次の日の事を。
専修大学に負けた後は、涙も出ませんでしたが、次の日のミーティングで後輩達の前で話す言葉ではボロ泣きでした。
下級生の頃は、チームなんてどうでも良いなって感じでやってきたけど、4年になってチームを見る役割も変わった。
その分、自分に対してもある程度厳しくしたつもりやったし、常に高い意識でチームをサポートしたいと思った。
4年になってあの時初めて涙したし、4年間やってきた充実感があったと思う。
というよりも、言い方は難しいけど最後の4年目にして全てが詰まってたというか。
過去の3年分が詰まってたんじゃなくて、またそれ以外の物が詰まっていました。
今の自分は、去年の事がなかったらいなかったんだろうなと常に思います。
それにしても、今年の鹿屋はインカレで優勝を目指している以上、一戦必勝という形で最高の結果を残してもらいたいです。
BOJによると、一番激しいトーナメントグループに入ったみたいなので、相手がどこだろうと関係なく自分達のバスケを大阪の地で表現してもらいたいですね。
周囲では、しばしアップセットという言葉が使われるかもしれませんが、そんな言葉は彼らには相応しくありません。
それを、今回の全国大会で魅せてくれることを期待しています。
とにかく悔い残さないように頑張れ!
焦らず・慌てず・諦めず。
遠いアメリカからネットを片手に常に結果を見ておきます。